いつでも、どこでも、だれもが、安心して
医療がうけられる地域の医療をめざして
 1952年9月、新居浜市で医療保険をもたない日雇労働者・商人・農民・市民・在日朝鮮人などが中心に医療生協の設立を展望しつつ、民家の一部を借りて診療所(後の新居浜健康生協)を開設しました。その後1960年1月、松山市で、生活と健康を守る会の運動のなかで、中予診療所(後の中予医療生協)を開設。伊予市では人家を間借りして1965年11月、中小企業労働者・生活困窮者が中心となり伊予診療所(伊予医療生協)を開設しました。
 この三つの診療所はその後、誰もが安心の差別のない医療をめざし、新居浜では苦難を克服して新居浜協立病院に発展。中予診療所・伊予診療所も有床化を実現しました。その後の課題として愛媛における民主的な医療と保健予防の一端を担うため、医師、医療スタッフの充実を図ること、施設の拡充、医療生協組合員の拡大が求められました。そして、将来の展望を明らかにする計画が必要であることを確認し、第一次5ヵ年計画を策定しました。その第一に、松山にセンター病院を建設すること、そのために三つの生協を合併させる討議を重ねた結果、1981年4月愛媛医療生協が設立しました。
 その後、5ヵ年計画に沿った計画が着実に進められ保健・医療・福祉の総合的な活動、安心して住み続けられるまちづくり運動を進めています。
 私たちの病院・診療所は、医療生協の特徴を活かして民医連綱領の具体化へ向け「いつでも、どこでも、誰も」が安心して医療を受けられる、「患者中心」の医療を目指しています。