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2月24日、生存権裁判の朝日茂さんの養子となり、裁判を引き継いでたたかった朝日健二さんを講師に生存権学習会が開催されました。主催は、「生存権裁判を支える愛媛の会」(代表は愛媛大学の鈴木靜先生。事務局長に愛媛民医連の永野弘美さん)です。この日、会場のコムズ(松山市男女共同参画推進センター)第5会議室は70名の参加者で一杯になりました。

朝日健二さんは「孤立死のない地域を創る」と題した講演の中で、「人間に値する生活」を求めてたたかった朝日訴訟の経過にふれながら、今日の最低生活水準がこの訴訟を初めとする国民の長年の努力の成果で到達したものであることを語りました。そして、保護基準は「健康で文化的な最低限度の生活」の「ものさし」であるとしました。また、現在の生保制度や「境界層減免」などの制度にもふれ、あらゆる角度から人権を守る知恵を出していこうと語られました。

「朝日訴訟」は一審東京地裁で勝訴し生存権を正面から議論するものとなりましたが、二審で敗訴。最高裁での争いは途中で朝日茂さんが亡くなります。その裁判を朝日健二さんご夫婦が引き継いでたたかいましたが、最高裁は「保護を受ける権利は相続できないとし、本人の死亡により訴訟は終了した」との判決を下しました。

講演会場では、朝日訴訟の一審判決を書いた、当時の左陪席裁判官・小中信幸さんの手記が紹介されていました。3人の裁判官のうち、一番若手の「左陪席」裁判官が草稿を手がけるのが法曹界のルールなのだそうです。手記は、一審東京地裁での、裁判官たちの憲法と向き合った真摯な態度が伝わります。小中さんは、「朝日訴訟」の東京地裁判決の後、国際的な渉外法務という分野の弁護士として長く活躍されましたが、「朝日訴訟」での一審判決起案原稿をずっと大事に保管されていました。判決から50年を経た2010年、その草稿を「朝日訴訟の会」に寄贈されました。この草稿には、憲法感覚に鋭い方だと小中さんが尊敬していた浅沼裁判長による鉛筆書きの加筆もあるそうです。

 

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