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 ◇日 時  2012年3月17日(土)9時~18日(日)12時まで
◇会 場  「にぎたつ会館」  松山市道後姫塚118-2  電話089-941-3939
◇日 程  (演題の応募状況によっては変更することがあります)
(1日目) 8:30 受付開始
   9:00 分散会
12:00 昼食休憩
13:00 松山散策
18:00 懇親会
(2日目)
 9:00 開会
      学術講演
11:00 指定報告 他
12:00 閉会

1日目の午後、松山市近郊観光地散策企画を準備中です。

社会保障キャラバンが10月24日から取り組まれ、11月8日で終了しました。民医連の各事業所からも職員が参加しました。

今年のキャラバンでは、子どもの医療費無償化の広がりがはっきり見えました。11の市町が改善済みで、5つの市町が改善を検討しています。改善の流れは県内20市町の8割に及んでいます。

また、医療費の窓口負担軽減では、滞納があってもこの制度が使えるかどうかが焦点になっていました。各市町の要綱を見ると、5つの市町で、滞納があっても制度が使える表現になっていることが分かりました。しかし、半年以上たっても実績はどこもゼロです。使える制度にさせることが求められています。

 

写真は松山市への要請行動。

市側も部長のほか、各課課長と課長補佐などかなりのメンバーが参加しました。

 5月29日に予定していて、雨で延期となっていた「四国縦断反核平和マラソン」の愛媛コース。7月24日にようやく実施できました。

松山で16人、新居浜で7人のランナーが走りました。

よく準備運動をしてから、スタート!

7月9日、10日の両日、新居浜市で第57回の原水爆禁止四国大会を開催しました。愛媛民医連はこの大会成功に向けて、組合員さんたちとともに奮闘しました。

集会一日目は見込みを大きく超える250名の人たちが参加しました。講演に立った山下正寿さんは、放射線の測定器を手にしながら、ビキニ被災と福島原爆事故とが、「過少評価」されようとしている点で共通していると指摘しました。また、ビキニ被災事件の際の海洋汚染の広がり方などから、今後、福島の事故による海の汚染の広がりを心配していると語りました。

【竹内】就職して1年と少し経ちましたね。どうですか。今日はいろいろ聞かせてください。

【小倉】はい。よろしくお願いします。

【竹内】今、東北に愛媛民医連からも支援に入っていますが、ニュースなどを見てどうですか?

【小倉】支え合っていて強いなという印象です。各地からトラックで支援が行くし、貧しい国からも支援が届いていたとか、いい所も見えてきます。でも、たぶんその場に居ての現実は違う気がします。遺体などはテレビで映さないけど、子どもたちもそういう場面に直面するわけだし。

【竹内】そうですねぇ。過酷な現実があるでしょうね。

さて、私はこの時期、小倉さんのいた愛大の看護科に行かせてもらうんですが、最終的に中小規模の病院に就職という人は少ないですね。民医連に決めたポイントは何ですか?

【小倉】学生の時から学習などで民医連の先生方に会って、どんな雰囲気か分かっていました。それが一番かなと思います。DANSなどで学べたことも良かったです。

【竹内】入職して、思っていた点と違うところはありますか?

【小倉】やはり学生の時と違って、初めてのことが多かったです。おむつ交換などほとんどしていなかったし。内科といってもすごく幅が広いです。大学は内科の中もかなり細分化されていましたけど、生協病院では様々な症状の方がご入院をされています。

【竹内】職場の先輩たちはどうですか?

【小倉】先輩たちは優しいですね。尋ねると丁寧に教えてくれます。そして患者さんを大事にしています。無差別の医療というのがやはりすごいです。誰でも受け入れる。個室の部屋代がないというのもカルチャーショックでした。生活保護の申請を手伝ったり、退院後の生活にも心をくだいていたり。カンファレンスでも、治ったらさようならではなく、その人の生活を広く見た意見が出ますね。

【竹内】民医連の医療や看護を体感していますね。そんな中でもこの1年で印象に残ったことはありますか??

【小倉】秋から冬にかけて、終末期の女性への対応は心に残りました。ご本人には未告知で対応するという事例でした。家族を呼んでくれと再三言われて、元気なうちに一度自宅に帰してあげようということになりました。でも、ご家族の状況はそうできない。それで、ご本人を車に乗せて、河野先生と先輩ナースと私とで、ご自宅の前まで行きました。お嫁さんが家の前まで出てきてくれました。中には入れませんでしたが、ご本人は自分で立ってみようかとおっしゃるなど私たちもびっくりしました。その「一日帰省」後は笑顔も出て、少しでも充実した終末期にできたのではないかと思います。

【竹内】そういうお話はすごく嬉しいですねぇ。最後になりましたが、今年就職した後輩たちに伝えたいことは?

【小倉】いろんな企画に参加をして欲しいです。メーデも初めて参加しました。広島にも行きましたが、被爆の傷跡を見て回り、沢山の人達が平和公園に集まっての祈念式典にも感動しました。ジャンボリーも私自身まだ参加出来ていないのですが、参加したい企画ですね。

【竹内】ありがとうございました。元気な様子がうかがえて楽しかったです。

【小倉】こちらこそ、ありがとうございました。

第5次支援行動は、医療チーム(森実医師、重松看護師、嶋田事務、医学生1名、森実医師娘さんの5名)と、精神科チーム(今村医師、太田看護師、宮崎PSWの3名)からなる2チームで構成しました。

森実医師のチームは、まず知人の開業医がいる石巻市を訪問。近くの日和山から津波被害の様子を見ました。「どうしたらいいんだろう」と言葉にもならない惨状に胸が痛みました。避難所で出会った被災者の多くは「家もお金も流された、これからどうやって生活していこうか」と言われていました。義損金支給や仮設住宅が早く整備されることが必要だと強く感じました。(重松看護師)

医学生は坂病院ER見学や避難所での足湯サービス、巡回診療に同行するなどしました。「被災者のお話を聞くなか、言葉に詰まる場面に何度も遭った。本当に辛い。何と言葉をかけていいかわからず、ただ相槌をうって聞くのが精一杯だった。」との感想を述べています。

精神科チームは避難所で活動している行政の保健師や担当者などと連絡をとりながら、未治療統合失調症の方や抑うつ症の方などの対応を行いました。又、先発支援チームから継続フォローされているケースを訪問しました。認知症で食欲低下、幻想が出現している高齢者を訪問しました。このケースも含め、地震まではなんとか自宅で生活できていた方が、災害で避難所生活となり、それが長期化していることで問題が生じています。生活の不安、先行き見通しがつかない中、「心のケア」が必要になっているのです。

避難所回りで、診察や聞き取りをする原医師

◆原医師のつぶやき

着いた当初は停電中。寒くて目がさめます/雪です。被災者にも支援者にも厳しい天候‥/避難所でよく出会うあの咳は津波咳なのか、環境不良なのか/被災支援歯科チームより。避難所には入歯の高齢者も多いようです。入歯洗浄剤も支援を!

足浴もたいへん喜ばれました。右は被災者の足を温め、話を聞く小野PT。

医学生も原医師の診察同行や足浴支援、カルテ整理などに奮闘しました。

   第4次支援チームの頑張りが送られてきています。(写真は原医師)

◆被災者の心の内側に寄り添いたい‥と奮闘中!

 ●本日は多賀城市体育館での避難所を訪問し、午前は リハ申し送りと個別リハ。午後、医者のラウンド同伴でのリハ適応者ピックアップを行いました。思ったより被災者の皆さんはお元気で笑顔もよく見られますが、時折…影を落とれる時も見受けられます。その笑顔の裏に隠された暗闇の部分に対して何らかのフォローが必要に感じられた1日でした。明日の勤務はまだ決まってませんが、出来ることを頑張りたいと思います。(小野PT )

●坂病院のクリニックに泊まっているのですが、先日の余震で電気がなく、灯りのない生活です。原先生は、ERで患者対応に奮戦をしたとのことです。学生君と谷は長町病院の片付けをして被災地を見て回りました。明日は、全員ともに避難所巡りになります。(4/15谷)

●原先生は、塩釜体育館の避難所にまわり、三人の診察をされたようす。小野さんは500人規模の避難所でリハビリ支援をしています。谷たちは、多賀城市文化センター1000人規模の避難所に行きました。支援医師と学生で一緒に被災者の回診に行って、午後からはフットケアをしました。ご利用された方が笑顔になって帰るのが凄く印象に残ったと言っていました。支援が終わり坂に帰ってからは、女性が足を汚いと言うことでフットケアを断る方が多くいたので、足が他の方に見えないようにするものを手作りで作ったりしていました。どんなことでも自分が出来るのなら何でもすると言うスタンスで頑張っています。明日は4人とも多賀城市体育館に支援に行きます。被災者の方は、医療も必要としていますが、生活環境の改善や身体や心のケアが必要な状況になっていると感じています。(4/16谷)

 ●本日は愛媛の4人は多賀城市の総合体育館に行きました。総合体育館には450人の避難者がいます。原先生はラウンドを中心にまわり、患者の発掘を中心に活動をしました。ペット持ち込み、避難されている患者さんが犬の心音を聞いて欲しいと言われて、心音を聞くなど家庭医として様々な側面からアプローチをしている姿を見ました。学生は足浴を体験し被災者さんとのコミュニケーションをとっていました。愛媛の4人、元気に頑張っております!(4/17谷)

第4次支援チームが4月13日に松山を出発。14日に現地に到着しました。原医師(生協病院)、谷事務担当、小野PT、および学生の4名です。

◆到着後、直ちに被災地へ
無事、坂総合病院に到着し、オリエンテーションとミーティングを済ませました。被災した七ヶ浜地区を見ました。家の土台は沢山ありますが…タクシーの運転手の話では、大分瓦礫も撤去されたそうです。しかし、まだまだ瓦礫は多く、車&船がそこここに、転がっている状態でした。とにかく、あまりの状態に声もでません。明日から、少しでも力になれるように、頑張りたいと思います。(小野PT)
被災地を見たとたん、みんな声も出ず立ちすくんだ。「これはひどいっ‥‥」という感じでした。(谷事務担当)

◆本日より支援業務に
15 日の業務が発表になりました。原先生は、坂総合病院でERの支援に入ります。小野PTは、避難所巡り。谷事務と学生は、まず長町病院のカルテの片づけからです。

第3次支援チームの小西医師(生協)、渡瀬看護師(生協)が無事帰任しました。
◆避難所環境は深刻!(小西医師)
昨日は深夜に震度六弱の地震があり、そこから対策本部再設置、被災患者受け入れと、こちらはかなりバタバタしていました。僕は黄色ブースでの診療に。午前三時までに7 人が搬入されました。
今日も避難所担当で施設内の見回りをしました。余震のあと、一時的に避難者が増えたみたいですが、朝には自宅に帰る方もいたため、避難者が劇的に増えたということはなかったようです。停電も今日の午後には復旧しました。

施設内の清掃などは十分行えず、風邪症状が長引く方がなかなか減りません。食事も朝昼は菓子パン一、二個、夜はおにぎり一個に具の少ない味噌汁一杯という状態が続いており、栄養状態もよくない状況にあります。また他の避難所からの慢性疾患患者の移動もあり、その状況下での慢性疾患管理が要求されるようになってきています。避難所の再編が行われれば、さらにその傾向は大きくなりそうです。

支援のあり方はこれから一週間くらいで大きく変わるかもしれません。医療から生活支援へ重点を移すべきというのが支援に入った医療職の共通認識かもしれません。

◆師長にお願いして被災現場に立つ (渡瀬看護師談)
渡瀬看護師は泉病院の病棟へ配置されたそうです。泉病院はだいぶん落ち着いた業務展開に戻っていたようです。渡瀬さんは師長にお願いして、勤務時間外に被災地を見て回ったそうです。「無残な被災地の様子に、涙があふれ出た」、「望んで行かせてもらったが、この体験は絶対に忘れられない」と感想を述べていました。

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