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2011/01/18

愛媛県民主医療機関連合会

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昨年5月のNPTへの要請行動。ニューヨークを訪問した愛媛民医連の代表団は、長崎の被爆をあつかったアニメーション映画「アンゼラスの鐘」の上映会を成功させました。

それがきっかけになって、このほど米国内5カ所、カナダ1カ所の計6カ所で、「アンゼラスの鐘」上映会がもたれることとなりました。この上映実現に向けて、愛媛民医連は、虫プロダクション社長と米国のノートルダム・アカデミーの先生達との間を橋渡ししました。(カットは「アンゼラスの鐘」宣伝チラシから)

【和田】診療所は10周年ですか?

【石村】2000年12月1日にスタートしましたので、ちょうど10年になります。

【和田】準備段階からたいへんな努力があったそうですね。

【石村】私は組合員さんから、診療所建設の準備をしているのを聞きました。ちょうど出産準備のため自宅にいました。私は、徳島の健生病院で4・5年働き、結婚してこちらに来ました。こちらの公立・私立の病院で働いてみて、あらためて民医連・医療生協の大切さを感じていたところでした。

【和田】それで医療生協??

【石村】はい。協立で看護の仕事に復帰し、泉川で診療所を経験させていただいて、発足2カ月前の準備室に着任しました。掃除に明け暮れるところから始まり、ドアの色やカーテンなどに関わったくらいでしたが、組合員さん・患者さんが集まり落ち着ける病院にしようと、初代の師長さんが、飛騨高山の椅子・テーブルを待合室に備えるなどしました。

【和田】10周年のイベントは何か計画をされていますか?

【石村】10月31日に10周年記念のイベントを行います。もちつき・太鼓・踊り・マジックショー・コンサートもあります。職員の家族にギターの演奏家もいて出演していただきます。

【和田】そのほかの、取り組みは?

【石村】寒川地域には、876人の組合員さんが居られるのですが、3月末までに全組合員訪問する計画です。今日までに135人とお会いしました。職員と組合員のペアで訪問するんです。

【和田】訪問してもてどうですか?

【石村】まず、職員の接遇がよくなりますね。地域にとって診療所が必要不可欠なものだという実感が強まっていると思います。訪問だけではなくて、「民医連とは何か」も話し合ってきました。昨年の民医連の師長会に参加をしたのですが、そこで学んだことも反映をしています。

【和田】たとえば?

【石村】師長会で学んだ一つに、職員それぞれの役割を評価し合うということがありました。帰ってきて、そんな議論をしているうちに、まぐろの大きな絵を描いて、そこに職場での小さな感謝や思いをシールにして貼り付けて行こうというアイディアになりました。隣の部屋にあります。行ってみましょうか。

【和田】 シールを読んでみましょう。 「Uさんへ。色んな細かい所まで気がついて、いつも尊敬しています。私も気づけるよう頑張ります。」「事務長へ。辛いとき、貴方の言葉に助けられています。救われます。」 「昼ごはんのとき、お茶を入れてくれてありがとう。美味しかったよ。」 「先生へ。診察の時の名前の呼び方優しくてグーです。」・・・これはいいですね。

【石村】先生の対応に、患者さんが信頼を増してきていると感じます。組合員さんたちの暮らしや、貧困の現れにも敏感ですね。

【和田】三島病院の存続運動もありましたね。

【石村】先生ご自身がすごく頑張られました。最近は、地域医療の状況の中で、突発的に小児科や外科に該当するような患者さんも来られますが、きちんと対応をされ信頼を得ています。

 【石村】「先生も優しいし、職員も丁寧だし、ずっとこの診療所で診てもらう。」という声も聞いています。うれしいことです。

【和田】これからの、課題というのは?

【石村】組合員さん達が確かに高齢化をしています。奮闘していただいた方々に、医療と介護の利用者として関わっていただきながら、次の世代に運動の軸を移していくことだと思います。訪問で関わってきた方の娘さんに運営委員になってもらったり、県外から帰ってきて、関わっていただける方も出ています。少しずつですが、世代の交代も出来てきています。

【和田】職場についてはどうですか?

【石村】この2年間、退職者はありませんでした。所長・事務長さんの努力をはじめとして、「一丸となって、楽しい職場になっている。」と皆が言っています。最近、職員全員で色の異なるTシャッを作りました。職員のデザインです。「唯一、飛べる魚の様に、ここに、この診療所がならなければならない存在になろう!」という意味で、トビウオの絵も入っています。

【和田】10周年の取り組みの成功を期待しています。ありがとうございました。

      (県連事務局・和田宰)

【嶋田】ニューヨーク派遣を決意した想いを聞かせて下さい。

【溝浦】長崎出身で、小さい頃から語り部さんのお話や戦跡に触れ、被爆者を身近に感じてきました。しかし、「生活史」としての被爆者体験に触れなくて、被曝後どうやって生きてきたかあまり知らずにいました。広島で行われたSW交流集会で、60数年たって初めて被曝体験を語るという方のお話を聞きました。ひどいケロイドがあるのに原爆症申請は却下されていると聞き、信じられない気がしました。何かできることがあればと思っていました。

【宮崎】親が熊本県天草市の出身で、長崎は近いんです。被爆直後の長崎で亡くなった方を身内の人たちが自分達の手で、お棺に入れて焼くと、遺体が一旦お棺から起き上がる、それを見て、自分が家族を焼き殺したのではないかと、戦後ずっと悩んでいた方がいたそうです。

原爆はそんな風に人の心にずっと傷を残していくんだな・・・と思っていました。溝浦さんに誘われたことと、そもそも病院の方から声を掛けられていたこともありますけど(笑)。  

【嶋田】印象に残った経験は?

【宮崎】アメリカで平和活動をしているグループと出会いました。彼らが「日本人に謝ろう」と言って、謝罪する姿に驚きました。

【溝浦】被爆者たちの運動が、アメリカ人に届いているんだと、そう思いました。

【嶋田】声は世界に届いていると。他には?

【溝浦】署名活動にも取り組みました。アメリカには、「原爆は戦争を終わらせるために必要だった」と考える人は多く、言葉も通じないし大変でした。ローラスケ―トでスッと寄ってきて署名してくれる男の子や活動を知っている人もいてうれしかったです。若い人の反応は良かったですね。

【嶋田】「アンゼラスの鐘」上映会も高校生対象に取り組まれましたね。

【溝浦】映画の内容も、日常生活や身近な人たちが原爆によってどうなるかが描かれ自分自身と重ねやすくて良かったと思います。高校生達も、凄く集中して観てました。

【宮崎】「上映会」のように、能動的に取り組む企画が盛り込まれていてよかったと思います。

【嶋田】新たな発見や、考えが変わったりしたことがありますか?

【溝浦】帰国してNPT会議議長をはじめ各国の要人たちが私たちの運動に着目していた事を知りびっくりしました。

次の再検討会議までに、世界がどう変わるか楽しみです。核兵器廃絶が「使っちゃいけないもの」になってきている。その中で日本政府の態度には、本当に何やってんだて感じで・・もっと積極的に行動してくれたらと感じています。

【宮崎】改めて、「核」は怖いと思いました。行く前までは、原発について正直よくわかりませんでしたが、学習する中で、原子力という「パンドラの箱」を人類は開けてしまったんじゃないかと思うようになりました。劣化ウラ

ン弾の使用や汚染物質処理の問題もあります。「平和利用」と言われているけど、本当に可能なのだろうか、と思います。ソーシャルワーカは、職種としても社会改革を使命とする仕事です。人権を守ろうとすれば、その人の暮らす環

境自体を変革し、弊害をなくす必要があるからです。でも、何とか暮らしを立て直しても、一度戦争が起こったら元もこもない。医療者の場合は、自分の関わった誰かを思い浮かべて「その人の周りに戦争が起こったら」、「提供した医療行為の意味は」とか考えると、きっと考えやすいと思います。

【嶋田】今回は「スマイリーキャット」を持って行ったんですよね?

【溝浦・宮崎】カンパもいただき、猫もたくさん折っていただいてうれしかったです。色々な形で少しずつでも参加してもらえたことが、大切だと思っています。

【嶋田】今日は本当にありがとうございました。

       (県連事務局 嶋田雅恵)

【高下】新人の皆さんへ激励の言葉  をお願いします。この一年間どうでしたか。

【酒井】最初は人間関係にも悩みつつ、患者さんの名前も覚えられず、パニックになりました。毎日多忙で、先輩に教えてもらいたくても聞きにくい状況も続きました。

【高岡】私の時代はバイトしながら技術を覚えることもできましたが、最近は学校の実習も少なく、注射の技術を覚えるのも大変ですよね。

【酒井】失敗したり力のなさに腹立たしく思うことがあります。採血の失敗、患者さんの急変におろおろしたり…。でも積極的に経験を積むしかなかったですね。

【高下】民医連・医療生協の院所として感じている事は。

【酒井】生協病院は行事も多く、患者さんとの距離が近いと思います。先輩看護師がいろいろと気を配っていて、目標とする先輩がたくさんいます。

また、学生時代の実習先の雰囲気とはずいぶん違って、医師にも話がしやすいです。

【高岡】医師の姿勢がチーム医療の良さとなり大きな魅力になっています。

私は途中10年間のブランクがありましたが、復帰して患者さんに喜ばれたり、感謝されることが一番のやりがいになっています。今の時期には特に感謝の言葉をしっかり貯金し、励みにしてもらいたいですね。

【酒井】日常業務の多忙さの中で「ちょっと待ってね」とつい連発することが多かったのですが、その中で、ある患者さんと大切な経験ができました。その方は、「死にたい」と言い続けていた末期患者さんでしたが、毎日の声かけの中で「花が見たい」と言われ、“桜の花が咲いたら見に行く約束”をすることができました。容態の急変で約束は実現できませんでしたが、患者さんの療養生活の中で小さな幸せを共有できました。

【高下】素敵な経験でしたね。

【高岡】最後まで寄り添うことが実感できる職場はなかなかないですよね。「退院してくれ」といわれる病院が多い中で、救急日などでは“面倒な”患者さんの搬入が多いように感じます。民医連医療への理解が広がっているのではと思います。最初は、患者訪問などで正直、何故こんなことをするのかと思いましたが、患者さんの生活状況や世の中の動き、日常業務との関係が理解できるようになると、こういう病院が必要なんだと思うようになりました。

【高下】医療生協の特徴として組合員さんの存在がありますが、活動への参加は。

【酒井】班会に3回ほど参加。高血圧や心臓病がテーマで、患者目線でいろんなお話が聞けたのがよかったです。

【高岡】確かに班会では、医療現場では出てこない本音が聞けていいですね。しかし、厳しいことも言われたり、テーマに関係ない質問もされるので、新人さんには少し大変だと思いますが、何事も経験です。

【酒井】夏祭り実行委員会では、組合員さんの熱心さには感心させられました。

【高岡】私も、初めて支部総会に参加しましたが、50人も集まっていて、熱心さには驚きました。支部長さんとも顔見知りになりました。新人の皆さんには生協行事の機会を大切にして、組合員さんと仲良くなってほしいですね。

【高下】同感です。新人が成長していくことを願って、最後に一言。

【高岡・酒井】同期の人を大切にしてほしいですね。悩みは一人で抱え込むと大変。多職種の皆さんに愚痴を聞いてもらったり、温泉にいくなどリフレッシュの時間をつくってください。

【高下】ありがとうございました。

        (県連事務局高下 博行)

2007年からのつながりで、ニューヨークの2箇所で「アンゼラスの鐘」を上映しました。率直な感想が寄せられました。

 

ニューヨーク市内を行進する愛媛医療生協の横断幕と参加者


【嶋田】「生活相談員」のお仕事は?

【近藤】ケアマネージャーと一緒に面接や訪問に入りながら、生活援助の視点でデイの利用者さんの介護保険利用や生活改善に関わっています。「生活相談員」としての仕事の時以外はデイサービスに入って、送迎や食事・入浴の介助など、介護職員と同じように働いています。【嶋田】特に気をつけている事は?

【近藤】自分の仕事は、介護の延長にあるので、面談や訪問の中で見てきたことは、デイのスタッフにもすぐ返すようにしています。逆にデイの中で、ご本人やご家族の状況がわかることもあるので、介護の統一というか、共有することが重要ですね。

【嶋田】「虹の家」に来られてどれ位なのですか。

【近藤】2年2カ月になりますが、ここが「生活相談員」としては初めての職場でした。家庭的でアットホームなのがいいでしょう。「家の延長」という感覚で、雰囲気もお家みたいだし、トイレもお風呂も、職員のいる部屋も全部近いのは、利用者さんにとってもいい所かな。

【嶋田】古民家というのがなかなかいいですね。

【近藤】建物が古いので隙間風が吹いてましたが、手作りで改善しました。収納も自分たちで作り、お金をかけずに工夫しています。整理整頓が好きなので、結構楽しんでますよ。デイのレクレーションで使う道具も手作りです。テーブルホッケーの道具も、全部スタッフが作りました。【嶋田】すごいですね。毎日何名位の方が来られているのですか。

【近藤】今日は11名で、今「虹の家」には28名の登録利用者さんがおられます。毎日12名位になるように調整していますが、なかなか難しいです。入院やショートステイ利用があったり、冬は越冬入院や体調を崩す方もおられます。入院されても、退院後を考えると他の方を入れる訳にもいかないですしね。【嶋田】なるほど。他にもご苦労や、やりがいなどを教えてください。

【近藤】難しいのは、やはり利用者さんとの意思疎通かな。家では自分でできている方でも、デイでは全介助を望まれることがあります。「職員がいて、してくれるならやってほしい」という気持ちもあるんだと思います。でも私達は「少しでも在宅を支えたい」と思っているので、何でもやってあげて自分でできなくなっては元もこもない。デイは「家の延長」なんです。デイに通う中で、ご飯を食べるのにスプーンからお箸になった方が2人おられるんです。できないことができるようになったんです。

【嶋田】へぇ、すごいですねぇ。

【近藤】ご高齢の利用者さんたちの中で状態がよくなるケースは稀です、良くて現状維持。だんだん悪くなる方も多い中で、できないことができるようになるのは、その人の努力があったんです。1人介助で歩けるだけの筋肉がついたってことです。そういうのはすごくうれしいです。

【嶋田】今日は貴重なお話をありがとうございました。(県連事務局・嶋田優恵)

 

1月6日、「 核兵器のない世界へ」の街頭署名活動を行いました。民医連からNPT再検討会議に派遣される宮崎さんは、街頭署名初参加です。民医連の高下、和田両事務局次長も参加しました。他団体も含め13名が参加。45分間で188筆を集めました。現在の署名数は、全県で26,981筆に達しています。

 【谷】 5月から精神科が常勤化されましたが、立ち上げまでの苦労は?

【太田】 生協病院の精神科は病院開設と同時に設置され、歴史的には古い科で す。しかし、「どのようなことをしてくれる科なのか知らない人が多い」と感じたので、まず疾患の 理解や治療方法などの啓蒙活動から始めないといけないという点が大変でした。

【谷】 生協病院の精神科は内科診察室のすぐ近くにあり、特殊な環境だと思いますが、何か配慮を していますか?

【太田】 現在の精神科の診察室は、他科の患者さんの目に入りやすい場所にあります。「待ち時間 は少し離れた場所で待ちたい」、「フルネームで呼ばないで欲しい」などの希望があり、状況に  応じて臨機応変に対応をしています。プライバシーが保証されて、初めて継続的な受診が可能 となりますから。

【谷】 精神科は、どのような活動を行っているのですか?

【太田】 診察をほぼ毎日行うことに加え、訪問看護やアルコール依存患者さんへの集団精神療法 や個人面接などの取り組みを充実させています。また、コンサルテーション・リエゾ

 ン(身体科で入院している患者の精神的危機に精神科スタッフが介入すること)チームを立ち上 げ、週1回の病棟カンファレンスに参加しています。

【谷】 精神科の訪問看護とは?

【太田】 訪問看護というと身体疾患が原因で医療や介護が必要な方に行いますが、精神疾患も同じように、精神症状のせいで日常生活を自分の力だけではスムーズに送れず、介入が必要な場合があります。その様な患

者さんを訪問し、うまく病気と付き合いながら、生活の質を高め、尚且つ継続的に地域で生活する為にはどうすればよいか?を一緒に考えるのが精神科の訪問看護です。

【谷】 なるほど。他に精神科担当看護師の業務はありますか?

【太田】 訪問看護や集団精神療法など看護師が関わる仕事はたくさんあります。外来診療に関していうと、通常の外来看護業務に加えて、患者さんが「次回も必ず受診をしよう」と思える環境づくりが大事な仕事だと思いま

す。他科では時間的な面も含めて難しい部分があると思いますが、落ち着いた雰囲気で話しにくいことも気兼ねなく話ができる環境づくりを心掛けています。

【谷】 他の精神科スタッフについては?

【太田】 今村先生は、マイペースで基本的に考えがブレないですね。患者さんからの信頼も厚いと思います。なにより優しく根気強い。スタッフが質問してもただでは返さず、すぐに答えはくれません。その代りヒントをくれます。そういう意味では、鍛えられますね。僕が答えを出せているかは別ですが。宮崎さんは、うちの病院で唯一のPSWなので、エキスパートとして尊敬も信頼もしています。患者さんからの評価も高いです。「できる」2人の足手まといにならぬよう、精進していきたいです。

【谷】 素敵なスタッフとお仕事をされていますね。最後に太田さんのストレス解消法を教えてください。

【太田】 自分は、基本的にはストレスかから回避をします。ストレスを溜めると発散が出来ないタイプなので・・・。

【谷】 ありがとうございました。

                (事務局・谷 尊祥)


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